「病気の治療に関する研究」と一言でいっても,実際には,病気の発見法,診断方法,病気の治療法,治療後の経過診断法など色々な分野があります.
これらの分野を深く研究するには,これからは医学・薬学だけでなく,工学も非常に大切です.たとえば,脳動脈瘤という病気があります.
これは,脳の動脈にできる「こぶ」ですが,破裂すると脳内出血をおこすため,非常に高い確率で亡くなってしまいます.
ところが,この動脈瘤がいつできるのか,なぜできるのか,いつ破れるのか(もしくは破れないのか)など動脈瘤に関することは殆ど分かっていません.
疫学的には,タバコを吸う人,女性,高齢の人などにできやすいと言われていますが,工学的に観察すると,「血流と関係がありそうだ」,「血管の強さ(弱さ)が原因だろうか」,「周りの骨の影響は?」など、色々なことが考えられるかと思います.
これらが分かってくれば,診断法,血流制御の方法や全く新しい治療法の開発などに結びつけることができます.
このような「現象の定量化」は,工学の得意とするところであり,このような分野では,工学と医学がお互いに得意分野を活かして情報交換をしあう必要があります.
医学分野の疫学や医療法に対して,定量化することによるクラス分けなどができると考えています.
治療法が確立しても,お医者さんの治療技術が備わっていなければ意味がありません.
高度な技術を要する治療は年々増えており,ますます高度な知識と多くの経験が必要です.
動物実験などが行われておりますが,これらは動物愛護の問題や人権の問題など,様々な問題を抱えております.
これらの問題を解決する一つの方法は,モデルを用いることです.しかしながら,今までのモデルは,滑らかさに欠け,
モデルの物性値も血管の本当の値とはかけ離れており,お医者さんにとって使い勝手が良くないものでした.
東北大学 流体科学研究所 生体流動分野では,脳血管の物性値に非常に近く,患者さんそのものの脳血管の形状を転写したモデルの開発を行っております. そして,新しい高分子材料を用いることにより,血流と血管も良く見えて,使いやすいモデルを開発することができました.現在では,お医者さんの手術シミュレーションや手術計画のために使われています. そして現在でも,さらに血管らしさを追求しようと研究しています.
脳動脈瘤の治療には,開頭をしての動脈瘤をクリップで閉じる方法,「コイル」と呼ばれる金属製のスパゲッティのようなもので動脈瘤内を詰める方法,
「ステント」と呼ばれるチューブ状の網のようなものを血管に入れて動脈瘤内の血流速度を落とし血栓化させる方法,
はたまた(破れないのであれば)何もしないのが一番良い方法だ?!と,現在は様々な選択肢があります.
クリップ,コイルやステントなど,身体に埋めて治療に使われるものをインプラントと呼びますが,
このインプラントを工学的に見てみますと,「形状,材料,材質(生体と比べて硬い?強度が高い?長持ちする?)などは何だろう?」
「材料自身の生体適合性はどうだろうか?」「血流との関係は?」「動脈瘤をどうやってみるか(MRI,CT,DSA,超音波)?」など,工学的な発想が生かされる部分が沢山あります.
例えば,現在のステントは術者がどれだけ使いやすいかに重点が置かれています.近年,コンピュータを用いてステントのデザインを検討したところ,
ステントのストラット(ステントを形作る骨格のようなもの)のデザインなどによって,動脈瘤に流れ込む血流の速さに違いがあることがわかってきました.
現在,ステントが持っている効力を最大限に引き出せるようなデザインの設定を目指しています.そして,将来的には,材料屋さんや設計屋さんと一緒に,新しい材料を用いて,
患者さんの血流や血管の特徴にあわせた新しいタイプのステント作りをしていきたいと考えています.
現在のインプラントや医療装置市場は,たいへんな輸入超過で,また残念なことに,実際には日本人の身体の大きさに合わないようなものも使われています.
これらは医療制度が十分に整っておらず産業が育っていないことが原因としてよくあげられますが,本当にこれだけの原因でしょうか?
例えば,私は,患者さんに自分の作ったインプラントを見せて,納得して安心してもらえ,患者さんもすぐに欲しくなるようなインプラントを作れればと思っています.
現在,工学の人が患者さんと接する機会はほぼ皆無ですが,このような機会がもっと増えれば,患者さん,お医者さんと,私達で,自信作のインプラントを作っていくことができると思っています.
このための基礎が工学と医学の両方の知識であり,医療の第一線で働いている現場の方々との対話であり,そして患者さんとの対話だと思います.
みなさんは,患者さんと向き合ったことがありますか?患者さんに,病気の説明をしようとしたとき,治療法を説明しようとしたとき, 自分たちの工学がどれだけ役に立つか考えてみて下さい.そのような説明を,自信を持ってできる工学を私は目指したいと思っています.