サイレント超音速飛行実現のための実験・計算融合研究

研究の背景

 今年2月に、米国学術審議会(NRC)より「Breakthrough Technology for Commercial Supersonic Aircraft」、3月には我が国の日本航空宇宙工業会より「革新航空機技術の実用化研究開発に関する長期構想の見直し」と題する報告書が提出された。これらの報告書の中で、長期的研究課題として超音速飛行が取り上げられているが、中でもソニックブームの低減については、解析技術の進歩により今すぐ取りかかるべき課題として指摘されている。特にNRCの報告では、大型SSTのソニックブーム回避策として、洋上超音速・陸上遷音速の飛行パターンはあまり有利でなく、今後の研究課題として、ボーイングの提唱するソニッククルーザの実現、洋上M=2.0・陸上M=1.2の超音速飛行パターンの採用、100席以下で超音速ビジネスジェットと同様の航続距離を持つ機体、という3案を示している。100席以下で比較的航続距離の短い超音速機は、申請者らがアジアの海上を飛ぶ超音速リージョナル機(SSRJ)として提案したものに近く、SSRJが低ブームであれば大きな市場可能性を持つことを示唆している。
 現在米国では、DARPAによるQuiet Supersonic Platforms (QSP)と呼ばれるプロジェクトが進行中であり、AIAA・ICAS・SAEなどの国際会議で盛んにオーガナイズドセッションが開かれている。このプロジェクトの民間機分野では、コンコルドのブーム強度2.0(lbs/ft2)に対し、超音速ビジネス機のブーム強度を人に不快感を与えない0.3以下にすることが目標で、今後NASAのプロジェクトに引き継がれる予定である。低ブーム超音速ビジネスジェット機の開発に成功すれば、次第に超音速商用機に研究をシフトさせてくることは必然的であり、SSRJは当然そのターゲットとなるであろう。超音速研究の分野で我が国の独自性を保ち、世界でも一線級の研究成果を上げて行くには、SSRJの低ブーム性の研究を推進することが緊急課題である。

本研究の目的

 QSPにおける研究の推移についてAIAA・ICASでこの秋に発表された論文を見ると、ブームの非線形解析法の構築が終わり、空力形状の最適化に取りかかっている段階である。しかし、形状は単純な翼胴形態に限られ、また最適化すべき項目が多岐にわたること、しかも多峰性が強いことから、十分な成果を上げているとは言い難い。さらに、実験的検証が困難で、最終的に飛行試験が予定されているが、ブーム強度0.3を実証するよりも、機体の部分的な形状修正に基づくブーム低減可能性の検証にとどまる可能性が大きい。
 また、我が国では、航空宇宙技術研究所や日本航空宇宙工業会で低ブーム設計の研究が行われ、一定の成果を上げているが、機体形状の変化をそれほど大きく取っていないため、大きな改善はえられていない。
 超音速飛行による圧力上昇が地上に到達することは避けられないが、N波への漸近を十分に遅らせると、大気密度増加による凍結効果により、地上でもN波を生じない可能性がある。しかし、これを軸対称胴体に適用すると鈍頭胴体となるため抵抗を増加させてしまうことが分かっている。サイレント超音速飛行実現のポイントは、機首部の3次元詳細形状と、機体に添って分布する革新的揚力面の最適設計であると考えられる。そこで本研究では、具体的な研究項目として、
(1) フリーフライトによるM=1.2~2.0の超音速飛行実験法の確立(流れの可視化と圧力場の測定)
(2) 革新的な機体形状も容易に表現できる全機形態のパラメータ表現法の開発
(3) 3次元非構造格子計算法・3次元ブーム伝播解析法の統合
(4) 実験値を情報として用いることで粗い格子でも計算精度を保証する新しい融合手法の適用
(5) 実験と計算による流れ場の洞察と適切な最適化問題の設定
(6) 多目的かつ多峰性の最適化問題に適用可能な進化的計算法の最適化システムとしてのソフトウエア化
を行い、実験と計算の両面から、ブーム強度0.3以下のサイレント超音速最適飛行形状の発見と実証を行う。

本研究の特色

  本研究における最適設計問題は、3次元全機形状の最適化であること、最適化すべき内容が多岐にわたり多峰性があることから、最適化問題としてすでに適切な設定がなされているわけではない。本研究では、実験と計算の両方から問題の理解を深め、適切な最適化問題設定を行い、さらに最適化計算に際して、実験と計算を融合させることで計算時間の短縮を図り最適解の精度を保証する、新しい問題解決の枠組みを提案するものである。
  また、流体研創造センターと衝撃波センターの協力により、今後この分野の世界標準となる計算・実験データベースが構築できる。