航技研小型超音速実験機の実験について

平成14年7月19日

東北大学流体科学研究所 大林 茂

航技研小型超音速実験機の実験が失敗に終わったことを受けて、いつものことながらマスコミから計画見直しの意見が出ている。「失敗したならやめてしまえ」という意見なのだが、失敗したからといってやめてしまうようでは、いつまでたっても何も学ぶことのない子どもと一緒である。失敗に学んだものにこそ、よりすぐれた成功の機会が巡ってくると思う。

結論は「やめてしまえ」でも、一応はなぜ無駄なのかを説明している体裁を取っているので、計画見直しを主張している意見の具体的内容についても反論したい。いわく超音速機開発の目処が立っていないから、ということが主な主張である。しかし、民間機として開発の目処が立っているなら今更研究でもあるまい。開発目処がついているということは、研究・実証・実用化という段階でいえば実用化の段階であって、実用化の目処が立っていないから研究するなとは乱暴な意見である。

確かに小型超音速実験機プロジェクトでは、将来の大型超音速旅客機国際共同開発への参画をうたっており、大型超音速旅客機開発の道筋が現時点では見えていないという問題はある。しかし、NASAの研究目標の一つとして今後25年以内の超音速輸送が掲げられており、それに対応して我が国でも研究を続けていかなければ、国際的に対等なパートナーとなることは難しいであろう。

次に、超音速機開発の目処が立っていない理由として、ボーイングのソニッククルーザー、エアバスのA380の開発計画をあげている。しかし、これらは現在すでに開発中に機体であって、研究で狙うのはその次、あるいは次の次の開発機体である。これも上述のように、研究と実用を区別していない意見である。それに、ソニッククルーザやA380の次機種は何か?超音速機にも大きな可能性がある。

ソニッククルーザーは、マッハ数0.98で巡航することを狙った機体であり、この計画をボーイングが発表した当初は筆者を含めて世間で驚きを持って迎えられた。しかし、その後分かったことは、研究面からいうとこの速度域での航空機の可能性は1970年代から研究されており、ソニッククルーザーは30年の研究の蓄積を持っているということである。747が成功を収め、コンコルドが失敗に終わり(註1)、エアバス社がスタートした1970年代に、ソニッククルーザーのような機体に実現性があったとは思えない。しかし、30年後の今では、複合材などの他分野の進歩によって、かつて脚光を浴びることがなかった機体が実現性を持ったのである。A380にしても、機体コンセプト自体747の踏襲である。30年の技術進歩を活かしてより軽量な機体を作ることが開発の目玉といえよう。我が国でも、30年後に通用するコンセプトを生み出すような長期展望に立つ研究計画を推進して欲しいものである。

また、ソニッククルーザーやA380のような大型機のみが航空機ではない。例えば筆者は仙台在住であるが、海外出張のたびに東京を経由して成田空港へ出向くのが苦痛であった。午前中にヨーロッパへ出発する便に乗ろうと思えば、前日に東京で1泊しなければならない。ところが、この4月からは50人乗りの機体による仙台−成田の定期便が就航した。飛行時間は実質30分程度であり、朝仙台を出発すれば成田の午前中の便に十分間に合う。この快適さは、筆舌に尽くしがたい...いささか筆が滑ったが、機体数でいえば小型機の方が多く売れるの当然であり、我が国の航空機開発計画が大型機のみを対象とする必要はない(註2)。

その点では、超音速ビジネスジェット機の開発が世界の航空業界のホットニュースになる気配が出始めている。米国国防省では、QSP計画(註3)が進んでいるが、その技術は何も戦闘機のためだけにあるわけではない。これが成功し、ビジネスジェット機に、そしてより大型の民間機に転用されれば、再びアメリカによる航空機市場の独占が起こるであろう。このような国際的なトレンドの中で、航技研の小型超音速実験機プロジェクトは、国際的にも注目されるプロジェクトである。是非、今回の失敗を糧とし、より大いなる成功を収められるよう希望する。

(註1) といってもフライバイワイヤなどの技術はエアバス引き継がれエアバス機躍進の技術的原動力となったのである。
(註2)小型超音速旅客機機の市場性については、こちら
(註3)機体のソニックブームを減らし、実質的にソニックブームをなくしてしまおうという研究計画である。機体規模が小さいほど実現性が高い。


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