流動創成研究部門

融合計算医工学研究分野

  • (兼)教授太田 信

  • 准教授船本 健一

疾患の治療・予防技術の革新には、生体恒常性の維持と疾患の発症・進展を招く生体内現象のメカニズムの解明が必要不可欠です。私たちの研究室では、流体工学を基盤として生体工学や細胞生物学を融合した学際的な研究に取り組んでいます。生体内の微小環境を生体外で再現するマイクロ流体デバイス「生体模擬チップ」や医療計測と数値解析を融合した計測融合シミュレーションにより、時間的・空間的に変化する生体内環境における個々の細胞の応答や、細胞-細胞と細胞-周囲組織との相互作用、生体組織の変化のメカニズムについて研究しています。

マイクロ流体デバイスによる生体内微小環境の再現

生体内の細胞は、運動や血流による力学的な刺激と、化学物質による化学的な刺激を感知して応答します。細胞の正常な応答は、分化・形態形成・生体恒常性の維持にとって必要不可欠であり、万が一それらの機能が破綻した場合には、疾患の発症や様々なダメージを引き起こします。私たちの研究室では、酸素分圧・力学的刺激・化学的刺激の3つの因子を制御し、生理的状態と病的状態の生体内微小環境の両方を再現するマイクロ流体デバイス「3-in-1生体模擬チップ」を開発しています。本チップは生体内微小環境における現象解明への貢献と、ドラッグスクリーニングなど創薬の基盤としての応用が期待されています。
  • 3-in-1生体模擬チップ(上図)とチップ内に形成した微小血管網の顕微鏡画像(左下図),細胞群の3 次元動態のタイムラプス観察システム(右図)

細胞群の低酸素応答の解明と制御

生体組織内部の酸素濃度は大気中と比較して低く、時間的にも空間的にも変化し、細胞活動に影響を与えます。例えば、がん組織内部(がん微小環境)では、細胞の過剰な増殖と未熟な血管網の形成により、酸素濃度の不均一な分布(空間変化)や急性の低酸素負荷と再酸素化(時間変化)が生じています。酸素濃度の時間空間変化は、がん細胞の遊走と血管新生を活発化させてがんの成長と転移を促します。本研究では、がん細胞の遊走や血管内皮細胞単層の物質透過性など、酸素濃度に応じた細胞動態や特性の変化を明らかにし、それらを制御する研究に取り組んでいます。

  • 低酸素環境におけるがん細胞の増殖の様子(左上図),酸素条件によるがん細胞の遊走(右上図)および血管内皮細胞の遊走(左下図)の計測結果,酸素条件による血管内皮細胞の形態変化(右下図)

医療計測と数値解析の融合による血行力学解析

生命の維持に不可欠な血流を障害する循環器系疾患は、健康な社会の実現のために克服すべき重要な問題です。近年飛躍的に進歩した医療機器によっても生体内の血流の情報を計測により完全に把握することは困難です。また、高性能のスーパーコンピュータによって超高速計算(実時間計算)が可能になったとしても、現実には正確な計算条件が未知であるため、生体内の血流を完全に再現することは原理的に困難です。本研究では、計測と計算を一体化した計測融合シミュレーションにより、生体内の複雑な血流を解明し、高度医療を実現するための研究を行っています。
  • 2次元超音波計測融合血流解析システムの解析フロー(上図)と構築したシステムの写真(左下図),3次元超音波計測融合血流解析による壁せん断応力分布の再現の数値実験結果(右下図)