研究成果 2026

流体工学的に「滑らか」とみなされる「微小表面粗さ」が
流線型物体の空気抵抗を最大43.6%低減

〜世界最大級の磁気支持天秤装置による干渉フリー計測で実験実証〜

掲載誌:Journal of Fluid Mechanics DOI:10.1017/jfm.2026.11520 プレプリント:arXiv:2603.23843
43.6%
遷移流域における
最大空力抵抗低減率
1%
粗さの高さ
(境界層厚さに対して)
1m
磁気支持天秤装置
(世界最大級)

発表のポイント

研究の背景

1940年代

層流翼の研究が英国・ドイツ・米国・日本で独立して進む中、日本の谷一郎博士が「層流境界層における許容粗さ」(Tani et al. 1940)を発表。表面粗さと境界層遷移の関係を定量的に論じ、同時代の国際的な研究と並ぶ先駆的な成果を残した。以来80年以上、「表面が滑らかなほど空気抵抗は減る」という原則が世界的に受け継がれてきた。

1989年

晩年の谷博士が、ドイツの流体工学者Nikuradseが1930年代に取得した粗面管の実験データを改めて再解釈(Tani 1989)。「粗さは必ずしも乱流を促進するだけではないかもしれない」という新たな視点をもたらした。

1990年代

谷博士の着眼を受け継いだ東北大学・小濱泰昭教授のグループが、平板境界層実験において繊維粗面が特定の条件下で遷移を遅延させる効果を実験的に示す(小栗&小濱 1996, 1998; Kikuchi et al. 2004)。「粗さを味方にできる」という知見がDMR研究の概念的出発点となった。

2023年

東北大学の研究グループがDNSにより、DMRが遷移流れにおける乱流エネルギーの成長を抑制し摩擦抵抗を低減できる可能性を世界に先駆けて定量的に示す(Hamada et al. 2023)。

2026年(本研究)

世界最大級の1m磁力支持天秤装置(1m-MSBS)を用いた干渉フリー実験計測により、DMRによる最大43.6%の空力抵抗低減を世界で初めて実験実証。谷博士の問いから始まり、小濱グループの実験的洞察、DNSによる数値的深化を経て結実した研究の系譜が到達点を迎えた。

研究装置・実験結果

1m磁気支持天秤装置(1m-MSBS)に設置された流線形試験模型
図1. 東北大学流体科学研究所の1m磁気支持天秤装置(1m-MSBS)に設置された流線形試験模型。電磁力によって模型を非接触で浮遊させ、支持部材による干渉をゼロにした状態で精密な空力計測を実現する。
引用:Yakeno et al. (2026) J. Fluid Mech.
平滑面とDMR面の全抵抗係数のレイノルズ数依存性
図2. 平滑面(Plain)とDMR面(DMR1・DMR2)の全抵抗係数(CD)のレイノルズ数依存性の比較(Phase II、トリップテープあり)。遷移流域においてDMRが最大43.6%の抵抗低減を示す。
引用:引用:Yakeno et al. (2026) J. Fluid Mech.

研究手法

1

試験模型の製作

NLF2-0415翼型を基にした全長約1.07mの流線型模型にDMRコーティング(ガラスビーズ型凸面・サンドブラスト型凹面、38〜53μm)を施工。トリップテープにより遷移流域を制御。

2

1m磁気支持天秤装置(MSBS)による計測

電磁力で模型を非接触浮遊させ、支持部材による干渉をゼロにした状態でRe = 0.35×10⁶〜3.6×10⁶の全抵抗係数を精密計測。測定精度0.36% F.S.(最大荷重2.87N)。

3

壁面解像ラージエディシミュレーション(LES)

最大4538万セル(y⁺ < 0.65)の高解像LESにより摩擦抵抗(Cf)と圧力抵抗(Cp)を分解。人工擾乱を導入しない層流LESにより、Blasius解と1%以内で一致する圧力抵抗の保守的上限値を確立。

4

動的オイルフロー可視化

高・低レイノルズ数条件下での表面流れパターンを動画記録。剥離・付着の有無を直接観察し、メカニズムを実験的に検証。

主な成果

最大空力抵抗低減率
43.6%
Re ≈ 2.25×10⁶ の遷移流域において達成(Phase II、DMR2)
臨界レイノルズ数の変化
1.9 → 2.2 ×10⁶
平滑面からDMR面への遷移開始点の上昇

抵抗低減メカニズムの証明

LESにより確立した圧力抵抗の保守的上限値:

Cp ≈ 0.00021

観測された抵抗低減量 ΔCD ≈ 0.001 はこの上限値の約5倍。圧力抵抗を100%排除しても観測された低減の20%しか説明できないため、抵抗低減の主因は摩擦抵抗の低減であることが数学的に証明された。

LES解析によりDMRの粗さ高さを粘性スケールで評価するとk⁺ ≈ 1.2〜1.7(DMR1〜DMR2)となり、流体工学的に「油力学的に滑らか(Hydraulically smooth)」とされる基準(k⁺ < 5)を大きく下回る。定義上「滑らかな表面」に分類される微細粗さが、43.6%もの抵抗低減をもたらした点が本研究の核心である。

また、最高計測速度(Re = 3.6×10⁶)まで一貫して平滑面より低い抵抗係数を示しており、遷移域のみならず乱流域においても効果が持続する可能性が示唆されている。

社会的意義と今後の展開

産業応用への展望

DMRコーティングは塗布するだけで機能する受動制御技術。可動部・電力不要で航空機・自動車・船舶・新幹線など幅広い輸送機器への応用が期待される。1%の抵抗低減でも大型航空機では年間数百万円規模の燃料削減に相当し、脱炭素社会の実現にも貢献する。

流体の相似則から、本実験(模型全長1.07m、風速5〜50 m/s)で得られた「DMRの粗さ高さが境界層厚さの約1%」という比率は、実機スケールでも共通して成立する。実機での同様の効果が期待される。

JALとJAXAとのリブレットコーティング実用化の実績を持つO-Well株式会社の協力のもとDMRコーティングを製作・試験しており、産業応用への技術的な橋渡しが始まっている。

ゴルフボールのディンプルとの違い:ディンプルは気流を乱流化させて剥離を抑制する「圧力抵抗低減」技術(鈍頭物体向け)。DMRはディンプルの約100分の1という桁違いに微小なスケールで、遷移を遅延させて摩擦抵抗を低減するという、原理的に正反対のメカニズムである。

サメ肌リブレットとの違い:リブレットは流れ方向に平行な規則的な溝構造(サメ肌を模した加工)で、すでに乱流となった流れに作用して乱流エネルギーを抑制し摩擦抵抗を低減する技術である。一方DMRはリブレットの約15~11分の1という微細なスケールで、不規則・ランダムな凹凸を持ち、流れが乱れ始める前の「遷移域」において遷移そのものを遅延させる。つまりリブレットが「乱れた後の流れを整える」のに対し、DMRは「乱れる前の流れを制御する」という根本的に異なるアプローチである。また、リブレットは溝方向の指向性があるのに対し、DMRはランダムな分布のため全方向性を持つという実用上の優位性もある。

国際展開

インペリアル・カレッジ・ロンドン(Morrison教授グループ)との国際共同研究に向けた協議が進行中。2024年にロンドンで開催されたワークショップに招待講演として参加。

今後の方針

より詳細な数値解析によるDMR制御機構の解明と最適設計指針の確立を目指す。脱炭素・省エネへの社会的要請に応える受動的流れ制御技術の社会実装に向けて推進。

論文・特許情報

Journal of Fluid Mechanics(Cambridge University Press)IF: 3.97CiteScore: 6.8Q1
DMR effect on drag reduction of a streamlined body measured by Magnetic Suspension and Balance System
焼野藍子*、奥泉寛之、猪熊建登、渡辺佳是
(*責任著者)東北大学流体科学研究所

関連特許

登録特許「評価装置、粗面、評価方法およびプログラム」日本国特許第7609489号

その他の特許出願上記の対応外国出願を含め、継続中

研究助成

JST CREST(JPMJCR24Q6)/ JST創発的研究支援事業(JPMJFR222R)/ JSPS科研費(19K14880、23K26030)

お問い合わせ

研究に関するお問い合わせ
焼野 藍子(やけの あいこ)
東北大学 流体科学研究所
航空宇宙流体工学研究分野 准教授
aiko.yakeno*tohoku.ac.jp Tel: 022-217-5267
取材・報道に関するお問い合わせ
東北大学 流体科学研究所
国際研究戦略室(広報担当)
ifs-koho*grp.tohoku.ac.jp Tel: 022-217-5873