File.08水素社会実現に必要な「極」と「超」の技術

水素社会という言葉を知っているだろうか。究極のクリーンエネルギーとして期待される水素をメインエネルギーとして利用する社会のことだ。 化石燃料は二酸化炭素や不純物を出すが、水素は水しか出さない。一方、水素をエネルギーとして利用するためには、 家庭や工場などのエネルギーを使う場所に、効率よく輸送、貯蔵する手段が必要になる。そこで大平先生が提案しているのが、 「スラッシュ水素」を用いた、水素エネルギーと電気エネルギーを効率よく同時に輸送、貯蔵できるシステムだ。
 スラッシュ水素とは、かき氷のような固体水素粒子が混ざった極低温の液体水素のことだ。 固体の水素が増えると全体の密度が高くなるため、液体だけの時よりも、よりたくさんの量を輸送し、貯蔵できる。 提案では、スラッシュ水素をパイプラインで運び、超伝導送電と組み合わせるという。超伝導線は電気抵抗がゼロなので、 通常の送電線のように送電中にエネルギーが失われることがない。だが極低温に冷やす必要がある。 そこでスラッシュ水素で超伝導線を冷やすことにより、電気と水素を同時に効率よく運ぶことができるというわけだ。 一方でスラッシュ水素は、パイプラインで使用するポンプ動力が液体水素よりも少なくてすむという特長を持っている。 スラッシュ水素の流動メカニズムを実験とシミュレーションで解明して、水素社会の実現に向け研究を行っているとのことだ。

●次世代航空機の燃料は液体水素
 先生が極低温の液体水素の研究に取り組んだきっかけは、会社に入社した時から取り組み始めた、 ロケット燃料用の液体水素の研究だったそうだ。下の写真が、日本で初めてつくられた本格的な液体水素の流動試験設備だ。 ロケットエンジンには高圧で水素を送り込まなければならないため、試験設備の最大圧力は100気圧にもなるという。
 一方、次世代航空機として研究されている、音速の5倍で飛行する極超音速機にも液体水素が使用される。 課題の一つが、液体水素の一部が温められて気体になってしまうことだ。 気体が混ざると燃料の流れが不安定になってエンジンがうまく作動しなくなってしまうため、気体と液体が混合した流動現象を研究中だそうだ。

現象をしっかり捉えること

 先生は、「物理現象をしっかり捉えることが大事」だという。極低温流体の温度は絶対零度に近いことから、 たった1℃の温度測定誤差があると物理現象を正確に捉え、明らかにできないこともある。 そのため精度の高い計測技術と実験技術を常日頃から積み重ねてほしいそうだ。 またオリジナリティのある研究や水素システムのようなアイデアを思いつくには、いろんな研究情報を収集、整理しておくことも大事だという。

 三菱重工業 長崎研究所で研究をしてきたあと、東北に移ってきた先生ですが、休日には東北各地の温泉の名所をめぐっているそうです。 東北は温泉の名所が多いため、行き場所には困らないようです。さらに北海道まで足を延ばすこともあるとか。 温泉に浸かってリラックスすると、研究のアイデアも湧いて出てくるとのことです。

大平 勝秀
Katsuhide Ohira
東北大学 流体科学研究所 教授
1969年に九州大学工学部航空工学科に入学、1973年に卒業。1975年に同大学院を修了、三菱重工業に入社。 長崎研究所で液体水素をはじめとする極低温技術の研究開発に従事。H-I、H-II、H-IIAロケットの開発に携わった。 2004年より東北大学 流体科学研究所 教授。おもに、スラッシュ水素を利用した水素エネルギーシステムの研究開発に取り組んでいる。
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