File.11お酒は宇宙でよりおいしくなる?

圓山先生が専門とするのは熱工学だ。とはいっても、その研究対象はとても幅広い。 熱工学の研究で、はじめの頃に取り組んだのが、宇宙で作られる微小重力環境を使った研究だ。 宇宙において、たとえば液体中で結晶を成長させる実験をする場合、溶液の温度や対流を精密に制御する必要がある。 先生は流体力学や伝熱工学などの専門知識をベースにしながら、非常に小さい領域を急速に温度制御する技術を開発した。 また同時に、高精度で微小領域の温度を測定する装置なども開発した。

●伝熱を応用して医療や海洋へ
 宇宙で究めた技術を応用して取り組んだのが医療の分野だ。皮膚がんの初期の頃の外見は、ホクロと見分けがつかない。 しかし、がんの存在する場所は、わずかだが周辺と熱的性質が異なる。先生の開発した高精度な温度測定技術であれば、皮膚がんを見分けることができる。 実際に診断への応用も進めているという。
 ほかにも、温度によって変形する形状記憶合金を使った人工心筋の開発や、雲の内部におけるエネルギー伝播の解析、 自然対流を利用した省エネ式海洋深層水くみ上げ実験など、先生の取り組む分野は全て熱工学と関係しながらとても多彩だ。
 現在、先生はふたたび宇宙での実験に取り組んでいる。テーマは「宇宙でお酒の味はどう変わるか」だ。 このテーマに取り組んだきっかけは、沖縄でつくられる泡盛を3年以上寝かせた「クース」というお酒だという。 蒸留酒という種類のお酒は、基本的に瓶の中に入れておけば味は変わらない。だが泡盛は蒸留酒にもかかわらず、 寝かせることによって味がまろやかになり、おいしいクースになる。その原因が何なのかを探るため、サントリーと共同で研究を行っている。 容器の中で対流の起こらない環境が、まろやかさに関係するのではないかという仮説を立てたという。 これが本当か確かめるため、対流の起こらない、つまり国際宇宙ステーションの微小重力環境に、お酒を置いておく実験をすることになった。 実験用のお酒は、2015年8月に打ち上げられた「こうのとり」で宇宙ステーションに運ばれた。 味の変化する条件が分かれば、それをヒントにして、よりおいしいお酒をつくることができるかもしれない。 宇宙で過ごしたお酒が地球に帰ってくる日が楽しみだ。

しっかり根を下ろした研究が強い

 東北大学の学生は、みな個性が際立っていて、しかも優秀とのこと。 修士論文も世界水準では博士論文レベルのものがたくさんあるそうだ。先生は「工学の分野に携わる人の性格は、 カメとウサギではカメのタイプが強いのでは」という。流行のうしろを追いかけるのではなく、 自分のテーマをしっかり定めて地道に取り組んでいる人が大成するとのこと。 東北大学には、そういった研究で世界一になっている人がたくさんいるそうだ。

 圓山先生は、2011年3月の原発事故が発生した直後から、公表されたデータや報道を元に原発がどのような状況なのか分析し、 リアルタイムでホームページに掲載してきました。原発事故を分析することは、まさに熱工学です。 これを読みやすくまとめた「小説FUKUSHIMA」も出版しています。なお写真は宮城県で行われる「どんと祭」に流体科学研究所として参加した時の様子。 先頭で提灯を持つのが圓山先生です。

圓山 重直
Shigenao Maruyama
東北大学 流体科学研究所 教授
1973年東北大学工学部に入学、1977年に卒業。ロンドン大学インペリアルカレッジ航空工学科にて修士課程を修了、また東北大学にて博士号を取得。 東北大学高速力学研究所助手、米パデュー大学客員研究員、東北大学流体科学研究所助教授を経て、1997年に同教授。
  • ●熱工学
  • ●伝熱制御
  • ●ふく射エネルギー伝播
  • ●医工学
  • ●極限環境
  • ●環境エネルギー