ナノ流動研究部門

生体分子流動システム研究分野

  • (兼)教授徳増 崇

  • 准教授馬渕 拓哉

小さな分子、特にイオンが複雑に入り組んだ構造の中を輸送するとき、どのような経路を輸送し、どのくらいの速さで(伝導・拡散)することができるのか?ナノスケールの世界で起きているイオン輸送現象は、生体内においてもエネルギー活動の本質を担うイオンチャネルと呼ばれる生体分子によって緻密に制御されています。本研究分野では、こういった実験では見ることの難しい時空間スケールにおける「ナノ流動現象」を理論(分子シミュレーション)を用いて解明し、高活性・高選択性などの高機能な人工分子の理論設計を行うことで、人工細胞や分子システムを構築する工学的応用から創薬などの医療応用まで幅広い展開を目指しています。生体分子システムで起きている幅広い時空間スケールのダイナミクスを時空間スケールの異なる計算手法、特に分子動力学(MD: Molecular Dynamics)法を基盤としたマルチスケールシミュレーション技術を用いて解析しています。量子化学計算や反応MDを用いたnmスケールの化学反応およびイオン輸送現象から粗視化MDを用いたμmスケールのタンパク質高次構造(液液相分離構造)形成現象までマルチスケールの動的現象に興味を持っています。

ナノポア内における化学反応を伴うプロトン輸送機構

プロトン(H+)や水酸化物イオン(OH)の輸送は、他のイオンと異なり、Grotthuss機構と呼ばれる水分子との化学反応を伴う複雑な機構を考慮する必要があります。さらに、これらのイオンはナノポアに閉じ込められたナノスケールの水の水素結合ネットワークを移動するためドメイン構造や輸送機構に大きく起因し、実験やマクロスケール解析によって輸送現象を理解することは困難です。そこで、本研究では量子化学計算の結果を基に独自に構築した反応MDモデルを用いて、水ドメイン構造とイオン伝導メカニズムとの相関を明らかにします。


Proton transport via Grotthuss mechanism

選択的透過機能を有する人工イオンチャネル

DNAオリガミ技術(DNAナノテクノロジー)を用いて、選択的イオン透過機能を有する人工イオンチャネルの構築を目指しています。DNAを材料とした人工チャネルでは、DNAの塩基配列を設計することでチャネル構造を自在に設計できるため製作法として自由度が高く、理論的設計指針に基づいて柔軟に設計・製作が可能です。実験グループと協力しながら、実験・理論の両面から人工チャネルの設計を行っています。分子シミュレーションを用いて、DNAチャネル内部の細孔径の調整や修飾分子により透過分子の選択性を制御したり、脂質二重膜(リポソーム)への結合安定性を評価したりし、理論的に設計指針の最適化を行っていきます。本研究は、イオンチャネルが関係する難治性疾患の治療法や物質貯蔵の増進から環境浄化材料の開発まで様々な工学的応用技術の確立に繋がることが期待できます。


Molecular simulations of membrane-spanning DNA nanopore



Liposome formation using coarse-grained molecular simulations

人工タンパク質を用いた液-液相分離構造形成現象

タンパク質やRNAが自己集合することで液–液相分離し、細胞内に液滴やゲル状の構造体を形成することが知られています。細胞は、生体分子を液滴にすることで、転写、翻訳、シグナル伝達など、様々な生命現象を調節していると考えられています。本研究は実験グループとの共同研究であり、エラスチン様ポリペプチド(ELP: Elastin-like polypeptides)など相分離するタンパク質を基盤材料として人工分子を理論的に設計します。細胞内相分離のボトムアップ的な理解を進めると同時に、特定の分子を液滴に閉じ込めることで細胞内の狙ったタンパク質の機能を制御する手法の開発を目指しています。本研究は物質の選択・分離や濃縮技術と直結し、幅広い産業への応用が可能です。例えば、酵素濃縮による活性亢進によって、食品長期保存や医薬品タンパク質の効率的な合成などへの展開が期待できます。


Elastin-like polypeptides (ELP) coacervate formation



RNA partitioning in the ELP coacervate