研究成果
代表的な研究成果例
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分子動力学シミュレーションによる熱輸送の分子メカニズムの解明と制御
半導体などの電気部品の更なる性能向上には、より高度な熱マネジメントが急務となっています。それに伴い、所望の特性を持つ熱媒体や断熱材を分子レベルで設計する技術が求められています。そのような「分子設計」を実現するためには、マクロな熱伝導の分子スケールメカニズムを知ることが必要ですが、固体結晶や気体と比べて、液体、ソフトマターやそれらの界面に関しては分子配列・運動が不規則なため、研究が困難となっています。
本研究では、分子動力学シミュレーションを用いて、マクロ熱伝導を一つ一つの原子・分子間の相互作用(熱伝搬パス、上副図)によるミクロなエネルギー伝搬の集積として把握する解析法を確立し、それによって、固液界面における自己組織化単分子膜(下副図)の分子の構造・官能基の特徴と熱輸送の関係が明らかにしてきました。 -
流体構造連成解析と最適化に基づく航空機設計
遷音速旅客機の設計では、空気力と構造変形が相互に作用する釣り合い状態を連成解析によって捉える必要があり、また空気抵抗や構造重量の最小化といった複数の目的関数を考慮した多目的最適化も重要な技術となります。本研究では、炭素繊維強化プラスチック製航空機のための機体設計ツール(Digital Aircraft deSign tool of ToHoku University: DASH [1])を開発し、マルチスケール解析による材料特性予測、様々な飛行条件における主翼変形の空弾解析、構造サイジングに基づく主翼部材寸法の最適化、ベイズ最適化等による翼形状の多目的最適化を可能としました。特に、炭素繊維種の違いによる主翼性能の変化を定量化することに成功し、次世代繊維であるトレカ®T1100Gを用いることによる構造重量・主翼変形の低減効果を初めて明らかにしました [2]。現在、機体全体(完成機)を対象とした設計ツールの開発を進めると共に、より高度かつ高忠実な解析技術を適用するための連成解析手法に関する基礎研究も進めています。
[1]https://www.ifs.tohoku.ac.jp/mulphd/softwares/DASH/docs/_build/html/index.html
[2] Aerospace Science and Technology, Vol. 124, 2022, 107565
https://doi.org/10.1016/j.ast.2022.107565 -
人工タンパク質を用いた液?液相分離の理論設計と制御
タンパク質やRNAが自己集合することで液?液相分離し、細胞内に液滴やゲル状の構造体を形成することが知られています。細胞内の混み合ったカオス状態の中で液滴を形成し、特定の分子を濃縮させつつ他の分子を排除して秩序を作り出すことで、転写、翻訳、シグナル伝達など、様々な生命現象を調節していると考えられています。動的でかつ可逆的な液滴内部を実験的に原子解像度で構造観測することは困難であり、構成分子の種類・組合せの探索には試行錯誤的な実験が必要なのが現状です。そこで本研究では、分子シミュレーションを用いて相分離する人工タンパク質を理論的に設計し、液滴形成メカニズムの解明と流動性の制御に取り組んでいます。実験グループと連携し、実験的にも合成・評価を行い、細胞内相分離のボトムアップ的な理解を進めると同時に、特定の分子を液滴に閉じ込めることで細胞内の狙ったタンパク質の機能を制御する手法の開発を目指しています。
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航空機の後退翼前縁部付近での遷移の様子
民間航空機が運航する際に、エネルギーの損失となる全抵抗のうちの約半分は空気の粘性による摩擦抵抗によるものです。航空機周りの流体は層流と乱流状態が混在し、乱流状態では摩擦抵抗が増大しますが、工夫により層流状態を主翼の上で50%維持できれば、全抵抗の10%を低減できることになります。数値計算技術の向上や表面の加工技術の発展により、従来より高度な性能を期待できることから、近年注目を集めています。旅客機の主翼では衝撃波の影響を軽減するため後退角がついていて、そのため流れが複雑になり、特有の層流-乱流の遷移現象が生じることが知られています。大規模並列化による直接数値計算を実施することで、後退翼面上の遷移機構の詳細を明らかにし、遷移予測技術の精度向上、新しい層流化技術の提案を目指しています。
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左心室内の血流解析
体循環に血液を送るポンプの働きをする左心室の内部では、その血流速度が速いことから、左心室内で血栓は形成されないと考えられてきましたが、近年の研究によって左心室においても血栓が形成される可能性があることがわかりました。
本研究では、左心室内の代表的な内部構造物を考慮した左心室モデルを開発し、流体科学研究所のスーパーコンピュータを利用して、左心室内の流れについて研究をしています。図は内部構造がないモデル(左)とあるモデル(右)の左心室内の渦構造を可視化したものです。白い表面が渦の形状を表しています。この解析より、左心室の内部構造が存在することによって左心室の尖端に渦が届かなくなることが確認されました。また、渦の可視化以外にも様々なパラメータを調べることによって、内部構造の影響で血流が停滞する傾向が強くなることがわかりました。さらに、本研究の解析技術を利用して、弁膜症などの疾病による影響などについても研究を進めています。 -
熱媒の熱伝導率を支配する分子動力学機構の解明と制御
上副図はFluid Phase Equilibria, 441, p.24 (2017)よりElsevierの許可を得て再掲。
電子デバイスをはじめとする最近の工業機器では、発熱管理と放熱など高度な熱マネジメントが要求されるようになりました。それに伴い、所望の特性を持つ熱媒体を分子レベルで設計する技術が求められています。そのような「熱媒の分子設計」を実現するためには、マクロな熱伝導の分子スケールメカニズムを知ることが必要ですが、固体結晶や気体と比べて、液体やソフトマターなど分子配列・運動が不規則な材料については、研究が遅れています。
本研究では、分子動力学シミュレーションを用いて、マクロ熱伝導を一つ一つの原子・分子間の相互作用(熱伝搬パス、上副図)によるミクロなエネルギー伝搬の集積として把握する解析法を確立し、それによって、アルカン・アルコールなど典型的な液体について、分子の構造・官能基の特徴と熱伝導率の関係が明らかにしてきました。また、最近では様々な炭素材料(下副図)のナノ粒子を母材に分散させた複合材料が熱媒体として注目されており、こちらについても解析を進めています。
(共同研究:トヨタ自動車株式会社)