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2023.07.07

【プレスリリース】“適度な運動”が高血圧を改善するメカニズムをラットとヒトで解明 ~頭の上下動による脳への物理的衝撃が好影響~ (2023.7.7)

【研究成果のポイント】
<ラットでの実験結果>
・高血圧を自然発症するラット(高血圧ラット)において、ヒトの軽いジョギング程度に相当する運動(分速20メートルの走行)を続けると、高血圧改善効果、交感神経※1活性抑制効果があることが報告されていた(岸ら、Clinical and Experimental Hypertension、2012)。また、その分速20メートルで走行中のラットでは、前足が着地する毎に頭部に約 1Gの衝撃※2が加わることを本研究グループは明らかにしていた(柳ら、iScience、2020)。今回、麻酔した高血圧ラットの頭部に 1Gの衝撃がリズミカルに加わるように、毎秒2回頭部を上下動させると(これを受動的頭部上下動と名付けた)、脳内の組織液(間質液※3)が流れ、細胞に力学的刺激(流体せん断力※4)が加わり、これを1日30分間・2~3週間以上続けると、高血圧改善(血圧低下)効果があることが分かった。
・高血圧ラットにおける高血圧の病態に関与することが知られている延髄の一部(吻側延髄腹外側野※5)のアストロサイト※6におけるアンジオテンシン受容体※7の発現が、1日30分間・4週間の運動でも、1日30分間・4週間の受動的頭部上下動でも、低下することが分かった。
・延髄における間質液の動きを阻害すると、運動や受動的頭部上下動による高血圧改善効果も、アストロサイトにおけるアンジオテンシン受容体発現低下も、交感神経活性抑制効果も認められなくなった。

<ヒトでの検証結果>
・ヒトにおける適度な運動の典型である、軽いジョギングあるいは速歩きでも、足の着地時に頭部に 1Gの衝撃が上下方向に加わることが分かった。
・座面が上下動することで、1Gの上下方向の衝撃がヒトの頭部に加わるように設計された椅子に1日30分間・1週間に3日・1ヶ月間(4.5週間)搭乗すると、高血圧改善効果、交感神経活性抑制効果が認められた。
・1週間に3日・1ヶ月間の上下動椅子搭乗期間の終了後も、約1ヶ月間は高血圧改善効果が持続した。

【概要】
 国立障害者リハビリテーションセンター、東北大学、国立循環器病研究センター、東京大学、東京農工大学、九州大学、国際医療福祉大学、関西学院大学、群馬大学、大阪大学大学院医学系研究科、岩井医療財団、新潟医療福祉大学、所沢ハートセンターの共同研究グループは、ラットを用いた実験とヒト成人を対象とした臨床試験にて、適度な運動が高血圧改善をもたらすメカニズムを発見しました。
 軽いジョギング程度の運動中、足の着地時に頭部(脳)に伝わる適度な物理的衝撃により、脳内の組織液(間質液)が動きます。これにより脳内の血圧調節中枢の細胞に力学的な刺激が加わり、血圧を上げるタンパク質(アンジオテンシン受容体)の発現量が低下し、血圧低下が生じることが、高血圧ラットを用いた実験で分かりました。
 さらに、この頭部への物理的衝撃を高血圧者(ヒト)に適用すると、高血圧が改善することを世界で初めて明らかにしました(図1)。
この結果は、適度な運動による健康維持・増進効果において、運動時に頭部に加わる適度な衝撃が重要である可能性を示すものであり、本成果は7月7日、英科学誌 Nature Biomedical Engineering に掲載されました。




図1:本研究で明らかにした適度な運動による高血圧改善のメカニズム及びそのヒトでの検証
ラットで高血圧改善効果が示されている中速度(分速20メートル)走行では、前肢の着地時に頭部に約 1Gの衝撃(加速度)が生じる。この頭部への衝撃を再現するラットの受動的頭部上下動は、脳内の間質液を流動させ、血圧調節中枢が存在する脳領域のアストロサイトにおけるアンジオテンシン受容体の発現を抑制し、高血圧を改善した。ヒトにおける適度な運動である軽いジョギングでも、足が着地する際に頭部に約1 Gの衝撃が生じるが、頭部への 1Gの衝撃をヒトで再現する座面上下動椅子は高血圧を改善した。

【用語説明】
※1 交感神経
拮抗する副交感神経とともに自律神経系を構成する神経。交感神経の興奮が下界からのストレス刺激に対する反応として生じ、血圧上昇、物質代謝の亢進につながる。下界からの刺激に対する反応のみならず、定常状態における交感神経の活性(興奮度)にも生理的意義があり、定常状態での交感神経過活動が高血圧症の病態に関与することが知られている。

※2 1Gの衝撃
衝撃の大きさ(強度)は加速度で表現される。GはGravityの頭文字であり、加速度の単位として用いられる時には重力加速度(9.8 m/s2)を意味する。本研究にて、ラットのみならずヒトにおいても、軽いジョギング程度の運動中に、足の着地時に頭部に約 1Gの上向きの衝撃(加速度)が加わることが確認された。

※3 間質液
組織・臓器の実質以外の部分は間質、間質に存在する体液(組織液)は間質液と呼ばれる。間質液は、細胞外液のうち血管内を流れる血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く液体であり、量は血液の4倍を占め、細胞外液としては圧倒的に最大量である。生体内では血液に直接には接しない細胞が多いが、間質液に接しない細胞は存在しない。

※4 流体せん断力
物体内部のある面の平行方向に、すべらせるように作用する応力をせん断応力(ずり応力=shear stress)と言う。本研究で解析している流体せん断力は、物体の歪みにより生じる本来のせん断応力ではなく、流体が動くことで流体と物体(細胞)の境界面に生じる摩擦力である。血管の内腔側表面に存在する血管内皮細胞の機能維持に、血流で生じる流体せん断力が重要な役割を果たしていることが知られている。

※5 吻側延髄腹外側野
脳幹部(延髄)に存在し、交感神経活動の制御中枢であり、血管運動中枢とも呼ばれる領域。この領域の細胞(ニューロン、アストロサイト)の機能変容が高血圧の病態に深く関与することが知られている。吻側(ふんそく)とは、脳解剖における表現であり、脳幹では、脊髄のある方(尾側)の反対側を指す。

※6 アストロサイト
グリア細胞の1種であり、その形状から星状細胞(アストロサイト)と名付けられた。その主たる機能はニューロン(神経細胞)機能のサポートと考えられてきたが、数はニューロンよりも多く、近年、アストロサイトの機能障害が脳機能関連疾患の病態に深く関与することが明らかにされつつある。

※7 アンジオテンシン受容体
ここではアンジオテンシンII 1型受容体を指す。アンジオテンシンとは、ポリペプチドの1種で、血圧上昇作用を有する生理活性物質である。生体内でアンジオテンシノーゲンの分解により作り出されるアンジオテンシンI~IVのうち、アンジオテンシンIIが最も強い血圧上昇作用を有する。アンジオテンシンII 1型受容体を介したシグナル伝達には、血管収縮作用、血管壁肥厚作用、動脈硬化作用、心筋肥大作用などがあり、その異常は高血圧症、認知症を始め、広く老化や慢性炎症に関与することが知られている。


<関連リンク>
東北大学プレスリリース
船本研究室ウェブサイト

<問い合わせ先>
(研究に関すること)
東北大学流体科学研究所 
准教授 船本 健一
TEL: 022-217-5878
E-mail: funamoto*tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学流体科学研究所 
広報戦略室
Tel: 022-217-5873
E-mail: ifs-koho*grp.tohoku.ac.jp
(*を@に置き換えてください)